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厚みのある本は苦手

本『内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力』を読んだ

本日の一冊は「内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力

 内向型人間が今の社会でどういった風に見られているのか。それを端的に表現した文章がある。

外向型を理想とする社会で暮らす内向型の人々は、男性優位世界の女性のようなもので、自分がどんな人間かを決める核となる性質ゆえに過小評価されてしまう。

 外向型は数多くの研究で、おしゃべりな人はそうでない人より賢く見えたり、容姿が優れていたり、友人として望ましいという評価がなされる。 しかし、内向型には内向型の魅力がたくさんある。それを本書では教えてくれる。

目次

内向型は低刺激を好む

 内向型と外向型という言葉の定義は曖昧なようで、研究者ごとに違いがある。それでも重要な点はいくつかあって、そのひとつに内向型と外向型では必要な外部からの刺激レベルが異なるというのがある。

たとえば、内向型は親しい友人とワインをほどほどに飲むとか、クロスワードパズルを解く、読書するといった低刺激が「ちょうどいい」と感じる。外向型は初対面の人に会うとか、急斜面でスキーをする、ボリュームを上げて音楽を聴くといった高刺激を楽しむ。

 この例えを借りるならば、私はクロスワードや読書といった低刺激がちょうどいいと感じる。急斜面でのスキーや、大音量の音楽は精神的に疲れるものがある。一般的に内向型は内気、外向型は社交的などと評されるが、本書で使われている内向型と外向型は少し違う。また、本書では自分自身を知ることをテーマにしているため、はっきりとした内向型の定義はされていない。ちなみにアメリカ人は外向型が多そうだと思う人もいるかもしれないが、ある調査によると1970年代には40%の人が自分のことを内気だと思っていて、1990年には50%に増加している。

性格の文化

 アメリカをはじめ、多くの国では近代化・工業化によって農家からサラリーマンになる人が増えた。1790年に都市住人は3%だったそうだが、1920年には人口の3分の1が都市で生活をしている。日本でも都市住人は年々増えているはずだ。地域では過疎化が起こり、その流れは今後も続いていくだろう。この生活モデルのチェンジが人々の意識にある変化を起こした。

気づいてみれば、誰もが、隣人たちとではなく、見知らぬ人たちと一緒に働いていた。「市民」は「雇用者」へと変化し、隣人や家族としてのつながりのない人々に、どのすれば好印象を与えられるかという問題に直面でしたのだ。

 この問題によって人々は「他人に自分がどう見られているか」を意識しなければならなくなった。そうして自己啓発が活発化していくわけだが、この好印象を与えるために多くの人は社交的にふるまうことになる。それが今日の外向的な人が好印象をもたれ、内向的な人は過小評価されてしまう流れになっているのだろう。

性格の文化の登場とともに、つまるところ、私たちは利己的な理由のために、外向的な性格を築くよう促された

 生きていくために、私たちは外向的な性格を強要されているというわけである。もとから外向的な性格を持ち合わせた人にとっては自己の性格が活かせるわけだからよいのだが、もともと内向的な性格の人にとっては自分を外向的に見せなければならないし、自分にあっていない生活をするわけだから無理が生じる。内向型の人が精神的な疾患を持ちやすいといわれているのは、そういう外向的な性格が優位になっているからこそなのかもしれない。もしかしたら内向型が優位の時代だったなら外向的な性格の人は、今よりもうざがられやすく煙たがられるかもしれない。

実験

 内向型・外向型の研究結果が多く取り上げられている本書。その中からいくつかを簡単に紹介しておく。

 まずはアメリカの五大ピザチェーン店を対象にしたデータを分析したもの。

外向型の店長がいる店舗の1週間の売り上げのほうが、内向型の店長の店舗よりも16%多いとわかった。ただし、これは従業員が自分でイニシアチブを取らない受動的なタイプである場合だけだった。店長が内向型の場合、結果はまったく逆だった。内向型の店長が、積極的に作業手順などを向上させようとするタイプの従業員と一緒に働いている場合には、外向型の店長の店舗よりも14%売り上げが多かったのだ。

 つまり、店長が外向型の場合に従業員は店長と同じ外向型ではない内向型のほうが売り上げは増え、店長が内向型の場合に従業員は外向型であるほうが売り上げが増えるということだ。ここでは店長が内向型で従業員も内向型については他の組み合わせより売り上げが少ないとあるが、店長と従業員がどちらも外向型の場合はどうなるのか。

 またオンライン上の行動も内向型と外向型では異なる。

研究によれば、内向型の人々は外向型の人々よりも、オンライン上で自分について親や友人が読んだら驚くようなことまであきらかにし、「本当の自分」をさらけだし、オンラインの会話により多くの時間を割くことがわかっている。彼らはデジタルコミュニケーションの機会を歓迎する。

 なぜ内向型の人はデジタルコミュニケーションを歓迎するのか。それはやはり低刺激だからというのがひとつにあると思う。デジタルでのコミュニケーションは基本的に文章だけだ。文章だけのコミュニケーションは内向型の人にとっては良い。違う本だが、内向型は話すことよりも書く方を好むとあり、文章でのやり取りのほうが実際会って話し合うよりも低刺激だからこそデジタルでのコミュニケーションを歓迎していると思う。

 そして最後に紹介する実験は音に関するものだ。

外向型の人と内向型の人に単語ゲームをするように指示する。ゲームは難しく、試行錯誤を重ねて、鍵となり原理を見つけなければならない。その最中に、ランダムに雑音が聞こえてくるヘッドホンをつける。ヘッドホンの音量は自分にとって「最適な」レベルに合わせるように言われる。その結果は、平均して、外向型の人は72デシベル、内向型の人は55デシベルだった。

 この自分に最適なレベルでの雑音を聞いた時、音量が違いはあれど外向型・内向型ともに同じ程度に覚醒したことがわかっている。では、内向型が好む音量を外向型の人に聞かせた場合に成績はどうなるのか。逆に外向型が好む音量を内向型の人に聞かせたらどうなるのだろう。

内向型は高レベルの雑音で覚醒されすぎて、単語ゲームの結果が悪くなり、5.8回で正答できたものが9.1回かかった。外向型の人は静かな環境では覚醒が低すぎて5.4回で正答できたものが7.3回に増加してしまった。

 人には自分に合った最適なレベルがある。それを知ることこそが自分の能力を最大限に生かすためには必要なのだろう。

 おしまゐ

本日紹介した本

内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力

内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力