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花魁はブラック『本当はブラックな江戸時代』

本日の一冊は「本当はブラックな江戸時代

 いわゆるブラック企業的なことから、犯罪、食生活、教育などのブラックな面を紹介してくれる一冊。江戸の町は「粋」なイメージがあるが、実態はかなり厳しいものだったようだ。しかし考えれば当然だ。今の時代と比べたら江戸時代にあるものなんてたかがしれている。食べ物だって多くはないし、真っ白な清潔感あふれるトイレもない。そんな本当の姿を教えてくれるのが本書だ。

江戸でもっともブラックな世界 

 第1章「江戸はブラック企業だらけ」の小項目見出しをそのまま使ったが、江戸でもっともブラックなところが一体どこだったのか。それは吉原の妓楼だったと著者は言う。

江戸のブラック企業の筆頭は、なんといっても吉原の妓楼だろう。

 吉原の遊女は売春施設だった。現代の風俗とはシステムも違えば環境も違うため、安易な比較はできないとも書かれている。それでも比較すると吉原の妓楼がどれほどブラックだったかが見えてくる。まずは吉原の妓楼にる女たちの素性である。

吉原の遊女は自分の自由意志で遊女になったわけではなかった。ほとんどは「身売り」であり、つまり親に売られたのである。いちおう奉公という形をとっていたので、年季(就労期間)と給金を決め、証文(契約書)を作成したが、事実上の人身売買だった。

 なぜ身売りが行われたのか。そこには困窮した民の存在があった。本書では18歳の娘が貧窮した家族を救うために10年18両の契約で吉原の妓楼に身売りされたエピソードが紹介されている。これによって家族は救われるが、その女は10年間吉原で働くことになる。衣食住は保証されているが、給料は支払われない。だから客からいわゆるチップを手に入れた。

 さらにブラックな一面なのは、当時コンドームがなかったことから、避妊が難しかったことにある。

10年ものあいだ、コンドームなしで不特定多数の男と性行為をしていると、ほぼ確実に梅毒や淋病などの性病に罹患した。さらに、不健康な生活と過労、質素な食事による栄養不良、集団生活にともなう感染症もあり、多くの遊女が十年の年季の途中、20代で病死したと見られている。

 そんな環境の中でも、一部の遊女は売れっ子となり、衣食住すべてにおいて贅沢ができたそうで、そのような花魁を描いた錦絵が多数あるのも事実だそうだ。遊女であれば農作業や家事労働から解放されるという一面があり、庶民の暮らしが嫌だった場合に、吉原に行く女もいたのではないかと思ったりする。それでも人気になれず若くして死んでしまうのがほとんどだっただろう。いまの風俗やAVは自らの自由意志でするのが普通だろう。性行為も避妊が当たり前で、病気になることはない。ホワイトになったもんだと思う。

 本書には他にも江戸時代と現代とを比べて江戸のブラックさを多く紹介しているが、当時の人たちからすればそれが普通であって、ブラックもホワイトもなかっただろう。民のほとんどがブラックな環境で生きてきたわけで、そして今もなおブラックに浸かる日本。日本人はもともとブラックで生きていける素質があるのかもしれないな。自分には合わないけれど。

 おしまゐ。

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本当はブラックな江戸時代

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