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本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

『プール葬』を読んだ

小説

本日の一冊は「プール葬

  ページ数が126pと薄目でしたので読んでみることに。主人公はプール管理人の30代過ぎの男。ヒキニートだったが親戚のツテでこの仕事につくことができた男は、近くのアパートに住んでいる。アパートの大家や引きこもりの息子、国籍豊かなアパートの住人が住む中、ゆるい日々を送っていた。しかし、プールに異変を感じ始めた時から、そのゆるい日々に少しずつ刺激が増えていく。

 この物語の主人公は小説家になりたいとも考えていて、所々妄想の小説が入ってくる。小説の中で小説を読むとはこういう気分かと思った。くどい。主人公の男はプールで埋葬ごっこという遊びをしている。プールの底に沈み仰向けになるだけのことだが、棺桶とは違いプールは広い。プールを大きな墓地と表現している場面もあり、だからタイトルの「プール葬」なのだろう。この小説は喪失と再生をテーマにしているのか、死に関する表現が度々出てくる。

眠りは死の練習になる。

物語を創るのにパソコンなんて使ってはならない。ノートは紙であり、紙は植物の死骸でできているのだから、死を感じながら綴るのがいい。

どうでもいいような非現実的なことを考え、やはり現実的でなく、死を考えた。

誰かが言っていたけれど、すべての創作は死が生み出しているそうだ。人の潜在意識には死への恐怖が常にあり、自分の存在の証を死後に残そうとする。だから物語は墓なのだ。 

  というように、所々に「死」が出てくる。また、アパートに住みつく猫の話があるが、多くが健康を害していて、すぐ死んでしまうようで、大家からまた猫が死にましたという話が何回も出てくる。死は身近なものであるということを訴えられているようにも感じた。生物ないしは宇宙にあるすべてのものは生まれたら死ぬ。そういうもんなんだよと教えてくれる気がした。

 プールに行く機会はなかなかないけれど、大きなプールで一人浮かんでみるのは楽しそうだ。そんなことできるのはプール管理人か、外国のように庭にプールがある家ぐらいだろうけど。でも庭にあるプールは少し小さいかもしれないな。死というものが遠ざけられる社会において、死を身近に感じることができるこの本は良い。死が重くなく、死は人生の一部であることを知らされる。主人公の男のようにゆるい日々を過ごしつつ死に向かって歩みたいものだ。

 おしまゐ。

本日紹介した本

プール葬 (novella*1200)

プール葬 (novella*1200)