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本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

『インストール』を読んだ

 


本日の一冊は「インストール

 2001年11月に発売されたこの本は第38回文藝賞を受賞し、当時17歳の綿矢りさのデビュー作として話題になっていました。2001年。もう16年も前になりますが、当時は読書に興味なんてものはなく女子高生が小説書いたのかーすごいなーぐらいのことを思っていました。そして現在、ページ数が少ない本を探していたところ、この本を見つけ読んでみることに。友人に読むと話したところパソコンが古いのではと言われて、確かに読んでみるとパソコンが古い。この本は女子高生朝子が祖父からもらった一台のパソコンを男の子の小学生にあげることで物語が進みます。このパソコンは今考えると相当古く、2001年当時でも少し古ぼけた印象を出していたのだから98よりも古いかもしれません。

 ただ女子高生と小学生が主人公というのも面白いし、二人がチャットレディをしていく物語も斬新でよかったです。今の時代だとLINEでビデオ会話する感じでしょうか。2001年当時はビデオチャットは存在していたっけ?記憶にないけれど、久しぶりにある単語を目にして懐かしさを感じました。

落ちる、というのはチャット利用者が最もよく使う用語の一つで、退室するという意味のネット専門用語だ。チャットをやめ、そのチャットルームのページから出る、という意味として使われている。(中略)

私はチャットルームにずっといなくてはならない仕事の立場だから、自分からは絶対に落ちることができない。だからいつも人が落ちていくのを見守る側である。「帰って」ゆく人にはまた会えそうな気がするが、「落ちて」いく人にはもう二度と会えないような気がするのは何故だろう。

 最近は落ちるなんて言葉聞かなくなったなー。と思ったけれどチャットしてないから当たり前か。今やスカイプやラインで通話する時代。スカイプをしていないからわからないけれど、スカイプ通話している人たちは今でも落ちるを使っているのだろうか。そういえば寝落ちという言葉は使ったりする。ああなんだかんだ落ちるという単語は今でも使われているのか。

 2001年から数年はインターネットを使う人は少なかった。使える人だけが使っていたもので、そこには言わなくともマナーやルールがきちんとあって、案外守る人が多かった。というかみんな探り探りだったのかもしれない。2chでは半年ROMってろと言われたものだ。今はもうROMという言葉も聞かなくなった。みんながみんな言いたいことを言っている。昔もみんながみんな言いたいことを言っていたのかもしれないけれど、今よりは平和だったなと。

 まあ昔のネットの話を話しすぎるのもどうかと思うので、この本の話に戻そう。女子高生の朝子は自分の部屋にあるものを捨て、そうしてその中にあったパソコンを小学生の男の子に渡してあることを思っていた。

どんな生活でもどんな生き方を選んでも、その人が毎日を幸せに送れているのならその人の勝ち。 

  ありきたりな言葉かもしれないけれど、まったくその通り。価値観という簡単な言葉で片づけられることも多いけれど、でもその価値観こそが人が生きていくために必要なもの。毎日を幸せに送るための価値観を私は身につけられているのだろうか。

 ところでどうしてこの本のタイトルはインストールなのだろう。作中でインストールという言葉は登場する。ただあまりぱっとしない。

「インストールし直したせいで起動音の音量も初期の大きさに戻ったんだと思います。」と答え、押入れの外から手を伸ばしたマウスを手に取った。

「インストールって何?」

「ディスクなんかを使ってコンピューターに新しい機能を取り入れることです。でも僕は、インストールしたんじゃなくて、インストールをしなおした。つまりリセットしただけです。」

 ここではインストールしたのではなくリセットしただけと言っていて、インストールとはいったい?と思ってしまう。読んでいても何かをインストールしたような感じを受けず、じゃあいったいこのインストールは何を意味しているのか。私は疑問なままである。きっとあれだな。この本は2001年から数年以内に読むべき作品だったんだな。今読んでもズレを感じるものなんだ。そう考えて読み終えることにします。

 おしまゐ。