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本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

『夏の裁断』を読んだ

小説

本日の一冊は「夏の裁断

 先日アメトーークで読書芸人をしていて、芸人さんがおすすめしていた本のひとつがこの「夏の裁断」。ピース又吉の「火花」が芥川賞に選ばれた第153回芥川賞候補作品で、それを又吉さんがアメトーークでおすすめしているのに驚きでした。芸人さんがおすすめしていた本のどれを読もうかと考えましたが、この本はページ数が薄い(125ページ)ので、軽く読めそうと思い選ぶことに。

疲れた

 内容を簡単に説明すると、女と男の話。男に対する女の気持ちが少しずつ表れながら、女が男との関係を断ち切るまでの物語が描かれる。小説というと基本推理・ミステリー小説しか読まないため、純文学と呼ばれる作品をどう捉えたらよいのかよくわからない。まずこの本を読み終えたとき感じたことは「疲れたなあ」。125ページという薄さとは思えないほど読むのに時間がかかったように感じる。実際はいつもと同じペースで読んでいたのだが、一行一行が頭の中に入り込んで、女の気持ちを考えていたけど、この女の気持ちがよくわからない。と同時に男についてもはた迷惑な男だなという印象。そうして新しく登場する女を好いてくれる男もぱっとしない。いったい誰を視点に読み進めばよいものか。

 疲れたと感じた一番の理由は「時系列がわかりにくい」。どの時間軸で話しているのかが分かりづらくて、いったいこの文章は過去なのか今なのか。過去ならどのタイミングなのかが読み進めないとわからない。そして後半で明かされる事実に対して、え?という感覚。真実か嘘かもよくわからない。文学作品を読むというのは難しいなと再確認した一冊でした。

わーい

 好きな一節を紹介しておく。午前中からお酒を飲む場面。

 塩むすびをちょっと口にしては、また、ビールを飲む。すぐに酔いがまわると、なんだか陽気な気持ちになって、意味もなく両手を宙に大きく広げてみた。わーい。心の中だけで声をあげてみる。わーい。それから、テーブルに突っ伏した。

 食器棚の中の伊万里焼の皿や青磁の湯呑を眺めながら、長いことお酒を飲んでいなかったのに気付く。酔うのが怖かったことにも。

p.22

 本作品ではたびたびお酒を飲む場面が描かれるが、長いことお酒を飲んでいない女が久しぶりにお酒を飲み「わーい」と心の中で声をあげる。少しだけ解放された感覚に陥るも、すぐにテーブルに突っ伏してお酒を飲んでしまったことを後悔する。家に一人で寂しかったのだろうか。それをお酒で解決できるわけもなく、ただただ女は自炊を始める。背中が小さく見えただろうな。この「わーい」という表現に心打たれた。この本に登場する女は感情を大きく出すようには見えず、怒りや困惑は男に対して出しているけれど、喜怒哀楽の喜びや楽を感じる場面が少ない。この「わーい」が女の唯一のお酒という力を借りてだが、心の底から楽しんでいた瞬間なのかも。本当に瞬間で、すぐお酒を飲んだことについて考えていて、クールな女に戻っているけれど。

 もう一つ気になった一節がこれ。大学の友人が周りからいつしかいなくなったことに対して、最初からそんなに好きじゃなかったと述べ、こう語る。

ただ友情を始めてしまったから、その流れに沿っていただけかもしれない。

 友達はいつから友達なのだろうと思うときがある。そしていつから友情は始まるのか。そしてその友情はいつ終わるのか。小学校、中学校、高校大学を卒業して、会わなくなった友人知人?たちと今会っても友情はあるのだろうか。友情の流れは消えるのだろうか。そんなことを考えてしまう一節。この本ではあまり重要ではない場面かもしれないけれど、特に響いたので紹介しました。

 おしまゐ。