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本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

第48回江戸川乱歩賞受賞作『滅びのモノクローム』を読んだ

 

本日の一冊は「滅びのモノクローム

※本記事はネタバレを含みます 

詰まった本

 第48回江戸川乱歩賞受賞作品。帯にもあるように、一本のフィルムを巡るミステリー作品。2002年に受賞した作品で、舞台は1902年とちょうど百年前。江戸川乱歩賞はいつになっても賛否両論が激しい作品を出しているのかなと思うのだけど、今作品で問題になるのは面白味に欠ける、ただの戦争批判、詰めすぎて中途半端など。特に話を詰めすぎて中途半端になってしまったのがよくわかるのが、ある男が殺された件と、ある女が病院にいる件。男が殺されるまでの話はわくわく感やドキドキ感があって、どうなるのかという楽しさがあったのだが、男が殺され警察が捜査する描写が全くとってない。本作品は戦争時の警察に焦点が当たっているのだから、今の警察についても何か描写してもいいと思うのだが、ない。過去にしか焦点がないようだ。いったい今の警察は何をしているのか、と考えてしまう。そして女が病院にいる件。女が病院送りになるまでの話も雑だが、病院にいるときも雑。とにかく終わりに向かいたいという作者の熱い思いを感じるほどに、女は適当だ。作者にとって女は重要なポジションではなかったということか。

 ここまで小説の悪かった点をあげたが、釣りというキーワードで話が進んでいくのは個性的であり、知らないことも多かったが楽しめた。またカルト大西というキャラがとても立っていて、主人公より印象が強く、カルト大西が話し始めると空気が変わる感じがした。文字数から見ても文句のほうが多い。久しぶりに読んだ江戸川乱歩賞作品がこれかという落胆。もう少しすっきりとできたのではないかと思えるほど詰まった作品でした。

 

   

人道

 本書の中からいくつか気になる言葉をピックしたので見ていこう。

戦争にもやはり、人道的なものと非人道的なものが存在するのだろうか。

 この一文の前には、広島に爆弾が投下された話が出てくる。その中で「人道を無視する爆弾」という表現があり、それについての疑問だろう。戦争は人が行うものだ。だから戦争行為全般を非人道的だと言うと、戦争自体が否定される。確かに戦争をすることは今のご時世では間違っている。昔はよかったのかという点について私はよくわからない。ただそうするほかなかった時代もあったのだ。

 いくつかの戦争の中の一つに第二次世界大戦があり、原爆がある。原爆だけが非人道的なのだろうか。戦争はすべて非人道的であると今は言える。しかし昔は声を大にして言えなかったんだろうな。

大学は学問

 「勉強では、なかろうな。最高学府なんだから、学問と言わにゃ。勉強は、強いて勉める。学問は、学んで問う。やるほうの心がけは、まるで違うものじゃよ。で?」

  大学の話をする孫娘に対して祖父が言った言葉。今でも大学は最高学府だが、学問をしている学生は少ない。勉強という言葉もしっくり来ないから、学習、学んで習うぐらいのことを今の大学生はしているんじゃないかな。

励まし

 最後に、少し長いがぐっときた言葉を紹介しておく。カルト大西と主人公日下の対話。カルト大西が「子どもの遊びの最大の特徴」を話す場面。

「同じことばっかりくり返すってこと。子どもは一番楽しいと思ったら、もうしつこいでしょ。同じことばっかり何遍も何遍も。でも人間なんて、ほんとはそれでいい。なまじっか知恵がついたり、自分に自信ができたりしてくると、さらにもう一歩前へ進まなければ、なんて考えちゃうの。それが大人になるってことだと勘違いしてるんだわよ。同じ場所にいることが怖くなっちゃうのかもしれないね。同じ場所にいることすなわち停滞である。なんちゃって。ほんと、馬鹿みたい。いいのよニュートラルでも、同じことのくり返しでも。走るのに疲れたら、歩けばいいじゃない。歩くのにも疲れたら、立ち止まってしゃがみこんで、道端の花でも眺めてみりゃいいじゃない。」

  子供の話から人生訓にまで話が広がるカルト大西のキャラの濃さには驚きだが、同じところにいるのが怖くなってしまうのは人間の性なのだろうか。変わらなくちゃいけないという思考にいつから憑りつかれてしまうのか。そうして無理をして身体を壊していく人が毎年何百人もいる。走るのがきつくなったら歩く。覚えておきたい言葉だ。

 おしまゐ。

本日紹介した本

滅びのモノクローム (講談社文庫)

滅びのモノクローム (講談社文庫)

 

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