本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

ブログの個性と文章の型 『読ませるブログ』

本日の一冊は「読ませるブログ

小論文や作文の指導を長年してきた著者の本。タイトル通り、ブログの文章をどう書けばよいかアドバイスをくれる一冊で、以前にも読んだことがあるが、最近ブログの文章に悩んでいるので再読。とともに、記事にする。

ブログを書くということ

 人間が体験した物事は、書かれてはじめて事実になる。書き残してはじめて、「自分の昨日」が事実として成立する。昨日起こったことが、自分にも他社にも確認できるようになる。言い方を変えれば、昨日の体験を書き残すことによって、自分のアイデンティティを確立できるようになるのだ。 

 著者がブログを進める一つの理由がこれ。自分の体験を書き記すことで、過去の自分が何をし、何を感じたのか振り返ることができる。振り返ることなんて滅多にないだろうし、過去の出来事は大半が振り返らないもので、過ぎ去っていく。それでもたまに「あの時、なに見たっけ」とか「あの映画面白かったかな」と考えて思い出せないことがある。そういう時にブログは役立つ。それなら自分しか見ない日記でいいじゃないと思うかもしれないが、私が思うに、ブログは他者を意識して、客観的に文章を書くことが可能になる。日記だとつい自分しか読まないから適当に書いてしまう。そして振り返った時に何が書いてあるかわからないなんてことも。そうならないためにも、他者が読んでわかるように文章をまとめる行為は大切なことだ。似たようなことだが、著者はブログを書く理由についてこうも書いている。

 「これだけの人に読まれているのだから、滅多なことは書けない」

 1日30人というアクセス数でも、それが1年続けば1万人だ。1万人が私の書いた文章を読んでいるんだという意識を持つことによって、気が引き締まるという。確かにあまり考えていなかったが、1年で1万人読んでいると思うと、適当な文章書いてちゃいかんと反省した。

ブログの個性

 ブログの中で自分らしい個性ある意見を書くには、どうすればよいか?

 最も簡単な方法は、自分の立場を明確にすることだ。「私は専業主婦の目線でブログを書く」「私は国際金融の仕事をしている人間の立場から考える」「私は田舎に住む人間のメッセージを伝える」というように、自分よって立つ基盤を明確にしておくわけだ。

 このブログにおける自分の立場というものはなんだろう。「読書好きの20代の立場」という気持ちで書いていたが、もっと掘り下げて表現したほうがよいのかもしれない。といっても、紹介する本のジャンルは多種多様で、一律した基盤でそれらの本を紹介するのは無理がありそう。たとえば専業主婦の目線で本を紹介しても、専業主婦らしさがよくわからないし。かといってどこにでもいる読書好きでは個性は出ないし。

 そういえば何かのブログで、アニメの批評を書いている人を見つけた。なら読んだ本をすべて批評すればいいのか。と思ったけど、このブログはなるほどな、とか同意するところをピックアップして紹介しているのだから、本の良い所を紹介しているだけということで、やはり個性が感じられない。「個性」はブログ運営において最大の課題かもしれない。しかし個性を重視しすぎると、キャラクター社会のような、キャラが先にあるみたいなことになって、そのキャラに飲み込まれる気がしてアイデンティティがうまいこと維持できない感覚に陥るので、やはりブログで個性を出すのは難しい。

   

ブログの型

 おおざっぱに言えば、読者に一気に読んでもらいたい内容は「だ・である」が、じっくり読んでもらいたい内容は「です・ます」が向いている。

 読みやすい文章はリズムがいい。リズムをよくするために語尾は本当に重要で、「だ・である」と「です・ます」が変わるだけでも印象は変わる。本ブログは「だ・である」と「です・ます」を記事ごとに使い分けています。使い分けているといっても、記事を書いている時の気持ち、さきほど引用した言葉で言えば、一気に書けた文章は「だ・である」、じっくり考えながら書いた文章は「です・ます」になっていると思われる。また、読んだ本が「だ・である」の場合は「だ・である」で記事も書いているかもしれない。影響されやすい質だからだろう。引用した文章の文体で記事も書けるのではないかと思ってしまう。そうして著者に乗っ取られたかのように文章を書いてしまうときがある。読み返すと、よくこのような文体で記事を書いたなと思うときがある。途中から無意識でブログを書いているのかもしれない。

 作品には型というものがある。よく言われるのが起承転結。著者の解釈ではこう表現されている。

古典的な言い方をすれば「起承転結」、私流の解釈では「予告、エピソード、展開、まとめ」という型に当てはまる。

 このブログの致命的な問題点は起承転結がないというところだなと薄々感じてはいた。型もない。最初に本の文章を引用してから意見を書き始めることもあれば、話題を出してから、本の文章を引用するときもある。毎回ばらばらな型なのも、よくないのかもしれない。型を一つに絞ることによって、どう書けばよいか考え、試し書きをし、そうして文章は向上していくだろうに、毎回の気分で型を変えていては文章は向上しない。

まとめ

 きちんとした文章を書く、ブログの個性・型を考える。課題が多く見つかる本でした。きちんとした文章は、書いているつもりですが、さらに読みやすく面白く、そしてきちんとした文章を書いていきたい。また、個性や型については今後も試行錯誤しつつ、分かりやすい個性と型を決めていきたいなと思うのでした。