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本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

答えは「バールのようなもの」にあり 『人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか』

 

本日の一冊は「人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか

 

生活のほとんどは、主観と具体性だけで成り立っている。

いろいろな問題をどう考えるか。著者は、主体的や具体的ではなく、客観的で抽象的に考えることがいいと言う。

客観的に考えろとはよく言われるが、抽象的に考えろとはあまり言われない。抽象的とはいったい何だろう。 そして、抽象的に考えるとはどういうことだろう。その答えは『「抽象」を具体的に説明する』という矛盾としか思えない項目に書いてある。

では、「抽象」について、もう少し具体的に説明してみよう。(中略)たとえば、小説を読んで、あるキャラクタが好きになったとする。このキャラクタのように自分もなりたいと憧れる。ここまでは、かなり抽象的である。もう少しディテールを見てみると、そのキャラクタというのは、30代の大学の先生で、考え方がいかにも理想的だ。だから、自分も30歳になるまでに、理系に進み、大学の先生になろう、と考える。そのキャラクターがコーヒーが好きなら、自分もコーヒーを飲むことにする。 

 

キャラクタの好きなところを「具体的」に上げたが、だからといって、理系を学び、コーヒーを飲んだからといって、そのキャラクタになれるわけではないし、理系を学び、コーヒーを飲むキャラみんな好きになるのかというと、そうではない。そのキャラを好きになった本当の理由は、生き方や考え方だったりするのだ。こうした、頭の中にある漠然としたものが「抽象」だと著者は言っている。

 では、この人物の抽象さを伝える時、どうすればよいのだろう。

この漠然とした人物の印象を人に伝えるとき、小説のキャラクタというシンボルがあると、とても便利だ。そのキャラクタの名前を出して、「○○先生のような人」といえば、その小説を知っている人ならば伝わるかもしれない。

この「~ような」という表現は、ものごとを抽象的に伝えるのにとても便利な言葉だ。ここでも著者は具体的な例をあげているが、それは「バールのようなもの」である。

たとえば、事件を報道するニュースで、「バールのようなもので金庫を壊されていた」と言っているのを聞いたことがあるだろう。これは、バールとは限らないが、結果から判断して、バールに相当する機能を持ったなんらかの道具を使った、と推定しているのである。(中略)

バールのようなもの」と表現することで、他者にだいたいのイメージを伝えることができる。

 

バールのようなもの」のイメージであれば、バールでないものを見つけても、これを使って金庫を壊したのかもしれないと考えることができる。そもそも言葉というのは、具体的になるものだ。何かを説明するときに抽象的では伝わりづらい。だから、これはこういう言葉を使うと限定していく。しかし、「~ようなもの」というのはこの具体的な言葉やイメージを狭めずに伝えることができる。

 

そして、この本で「~ようなもの」という言葉を使った具体的な例でなるほどなと感心したところがある。

当然ながら、誰もが自殺について考えたことがあるだろう。それをしないで生きているのは何故なのか? この問いは、非常に重要なものである。棚上げにすることはできない。しかし、この答を具体的に語れる人は少ない。少なくとも、僕はできない。ただ、なんとなく、生きていた方が良いような気がする。ここで大切なことは、「ような気がする」という極めて抽象的な方向性なのである。

すなわち、そもそも人が生きている、人を活かしているものは、抽象的な、ぼんやりとした理由でしかない。

 

死なない方がいいという抽象さで人は生きているのである。人はどうしても○か×か、安全か危険か、良いか悪いかなど具体的に決めつけたいのでしょう。しかし、決めつけてしまうと、見過ごしてしまうことがあるのかもしれない。

 

もう少し、周りを見て過ごす生き方をしたほうが良いような気がする。

 

おしまい。

 

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