読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

内向的な人はどんな人? 「内向的な人こそ強い人 」

内向性に関する思い込みはたいてい、内向的な人の好みをある種の欠如や障害に結びつけたものだ。

 

本日の一冊は「内向的な人こそ強い人

 内向的な性格についてまとめられた一冊ですが、アメリカの内向的はまだまだ外交的ではないかと思えたりするとこもあったりして、自分はかなりの内向的だと思っている人には向いていないかもしれません。

 amazonレビューでも本当の内向的な人はこんなんじゃないと書かれていて、内向的の定義は難しいなと感じました。

内向的な人と外交的な人

 さて、では内向的な人はどういう人のことを言うのでしょうか。

内向的な人は内面に心を向けているので、仲のよい友人からの言葉は「深く受け止め」、よく考えてから答えを返す。肩肘のはらない会話でも、そういう傾向がある。内向的な人にとって、理解が深まるのは会話と会話のあいだなのだ。

  思考や行動が内にあるか外にあるかということですが、誰にだって内向的な側面と外交的な側面があって、時と場合によってどちらかが強く出てくるという感じなのかな、と。

会話は「口と口」ではなく、「心と心」で交わされる。もちろん、外交的な人も相手と考えを話し合いはするが、考えそのものは、やりとりのなかではあくまで二次的で、相手と話しながら進展させていく。つまり、焦点が外側にあるのだ。内向的な人は焦点が内側にあるため、互いに相手の考えを自分のなかに取り入れてから、内側で進展させていく。

 内向的な人と外交的な人が会話をするとうまく噛み合わないのは、そもそも向かっているところが違うからなのですね。

 ようは内向的な人は、言葉にせず考える時間が多いということか。そういうと外交的な人はなにも考えずに話しているのか?と考えてしまうわけですが・・・

 とにかく双方の話し方では、ズレが生じやすく、ズレを治さないまま会話が進んでしまい、お互いにうまくいかなくなってしまうのです。

内向的な人が、訊かれたことを思案している(まず考える)と、外交的な人はその間を埋めてもらいたいのだと解釈する(まず話す)。内向的な人が割って入らないかぎり、外交的な人は会話の隙間を話で埋め続ける。けれども、外交的な人がしゃべっているあいだ、内向的な人は考えることができないので、黙り込むしかない。黙っていると、相手はもっとしゃべっていいのだと思い、そうすると内向的な人はますます黙り込むことになる。

  悪循環なやりとりですね。でも人と話していると、話し続ける人や、ずーっと黙っている人がいますけど、この内向的外交的をきちんと理解しておけば、内向的な人に考える時間を作ることができるのではないでしょうか。

  外交的な人は黙る時間を意識した方が良いのかもしれません。

内向的の言い換え

 この社会では、しばしば内向的な人はネガティブな表現で受け取られます。

 ある実検では、外交的を「大胆」「活発」「積極的」「主体的」などと表現し、このように行動してくださいと指示しました。対して、内向的は「控えめ」「無気力」「消極的」「従属的」と言い換えられました。これは外交的な言葉の否定語であって、内向的というより非外交的な意味合いが強くなります。

 内向的は非外交的ではないのです。

  性格検査の一つであるMBTI®STEPⅢでは、内向性の様相として、「受容」「自制心」「親密」「内省」「静穏」という名前がついています。

  私自身も内向的と言う言葉から連想するのは「消極的」や「控えめ」であって、なかなか「受容」「静穏」なんて言葉は出てきません。

  どうして内向的な人は、ネガティブなイメージがついてしまうのでしょう。

内向的な人は、問題を内在化する。内側に持ってきて、そこで問題と取り組むのが好きなのだ。外交的な人は外在化することを好み、人とのやりとりのなかで問題を処理したがる。こんな違いがあるため、内向的な人は精神的に重荷を背負っているように見えるのかもしれない。

  1人で考え込んでいる姿はネガティブに見えるのでしょうか。というか、この本に書かれている内向的は、考え込む人のことを指しているように思えます。

  内向的をポジティブに見るとこうなんだと、そういう本なのかな。

  内向的な一人で考えることが大事なので、その時間がないと苦痛に感じます。

内向的な人が孤独になれずにいたら、心配してあげたほうがいい。 

  これはほんと。外交的な人は、内向的な人を理解してあげてください。

おしまい。