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傷ついた自分をどう守るか 「マシュマロ・テスト:成功する子・しない子」

傷ついた心や情動的な苦痛は、本当に身体的なかたちで痛いのだ。

本日の一冊は「マシュマロ・テスト:成功する子・しない子」 

  マシュマロ・テストとはなんぞやって話ですが、マシュマロをすぐ1個もらうか、それとも我慢してあとで2個もらうかという実験。この時、我慢すなわち自制をすることによって2個もらう人物は、のちの人生で成功する割合が多いというお話。

  といっても、今すぐ1個もらった人物すべてが成功していないわけではなく、この実験の時にすぐ1個もらった人でも、のちの人生で自制心を向上させることができ、成功への道を進むことができると著者は言います。

  自制をする上で、大切なのは自分の中にホットな情動システムとクールな認知システムの二つを知ること。

 ホットな情動システムは人が古来から持つ生存に不可欠な行動を調整し、クールな認知システムは、意思決定や自制などの思考、行動を調整します。マシュマロ・テストは、今すぐもらえる1個のマシュマロをもらいたいと考えるホットな情動システムを、どうクールな認知システムが作用して、自分の心にあるホットな情動を「冷却」することができるのかを見るものです。

つらい経験を考えるとさらに落ち込む

 

マシュマロ・テストの結果や自制の話も気になるわけですが、それ以上に気になった一つの実験があります。

  辛い出来事を経験した際に、前を向くために自問しますが、この時、良くなる人と良くならない人がいるということです。

イェール大学のスーザン・ノーレン=ホークセマは1990年代初期以来20年にわたる研究で、「なぜ?」と自問してなんとか良くなれる人もいる一方で、悪化する人も多いことを明らかにしてきた。そういう人は、いつまでもくよくよと考え、反芻し、つらい経験を自分や友人や親身のセラピストに語るたびにいっそう落ち込むだけだ。果てしない反芻は、患者が「その経験と折り合いをつける」のを助けるどころか、情動的な痛みを再発させ、怒りをあらためて煮えたぎらせ、傷口をまた開いてしまうのだ。

 

 自分と向き合うことは大切なことだと思います。しかし私は、この自分自身を見つめると、「やっぱり自分は駄目な人間だ」と、どうにもネガティブな方向にしかいきません。

 自分と向き合うことで、原因を認識し、前に進むことができるという考え方があるのはわかりますが、私はこの方法で前に進むことは困難でした。方法が間違っているのかなと思ったこともありますが、どうやら立ち向かっても、逆に落ち込む度合いが増える人がいることは実験でも確認されているようで、少し安心。

  では、この悪化してしまう人、つまり私のことですが、どうすればよいのでしょうか。

  著者は、マシュマロ・テストにおいて、目の前に提示されたお菓子を遠くに置いて、自分とお菓子の距離を意図的に広げることに注目し、自分自身から距離を置けばいいのではと考えました。

  そして学生を集め怒りや敵意を抱いたことのある体験を語ってもらう実験を行ないました。この時、二つのグループに分け、1つは自分の目を通してその体験を視覚化し、自分の気持ちを理解するよう促したグループ、もう1つは壁に止まったハエからその体験を視覚化して、自分の気持ちを理解するというもの。

  さて、結果はどうだったのか。

結果には目を見晴らされた。参加者がいつもの自己没頭型の視点から自分の気持ちを分析すると、まるで追体験しているかのように、具体的な詳細を一つひとつ語り(たとえば、「彼は、うせろと言いました」、あるいは「私を尻目に浮気をしたのが思い出されます」)、自分が感じたネガティブな情動を追体験した(「とても腹が立ち、頭にきて、裏切られた」)。

これとは対照的に、壁に止まったハエになったつもりで、距離を置いた視点から自分の気持ちやその理由を分析すると、問題の出来事をただ詳しく再現して苦悩を再び呼び起こすのではなく、再評価し始めた。その出来事を、より思慮深く、それほど情動的ではないかたちで眺め始めたので、つらい過去をうまく再解釈したり説明したり、終止符を打つことができたのだ。

  つまり何か嫌なことがあった時、自分の視点からそれを振り返るのではなく、自分の視点ではない俯瞰的な視点から振り返ることによって、嫌な出来事をクールに見ることができるということ。

  自分自身を見つめるというのは、自分の視点で自分を見つめることではなく、俯瞰的な位置から自分という存在を見つめることなんだろうと思いました。

 

おまけてきなもの

 

 最後にもう一つ気になった実験をご紹介。

 失恋をして傷ついたマリア。この時、心に傷を負うと表現するが、本当に心は、傷を追っているのかを研究したもの。最初に出てくる「彼ら」とは、実験を行なったイーサン・クロスとその研究仲間たちのことです。

彼らは、望んでいない別れを経験したばかりの人が、元のパートナーの写真を見て、相手の拒絶について考えているときに、fMRIで脳をスキャンした。別の条件では、同じ人たちが前腕に熱の刺激を受けて、強烈な身体的痛みを経験した。身体的苦痛を受けているあいだ、二つの脳領域(第二体性感覚野と島の背側後部)が活性化した。そして、参加者が自分の拒絶されるところを考えたり、自分の心を傷つけた人の写真を見たりしたときにも、同じ脳領域が活性化した。

 つまりどういうことでしょうか。

拒絶される体験を私たちが身体的な苦痛のように語るとき、それはただのメタファーではなかった。傷ついた心や情動的な苦痛は、本当に身体的なかたちで痛いのだ。

  心が痛い時、本当は身体が痛いのですね。

  さらに驚くのが、この心の痛みを感じた時に、痛み止めの薬を飲むことが有効だということ。被験者に、鎮痛薬か偽薬のどちらかを服用してもらい、服用している間、日常生活での対人関係で拒絶された経験が引き起こす痛みのレベルを観察しました。その結果、鎮痛薬を服用した人は、日々の傷ついた気持ちが大幅に減ったそうです。

  つまり、失恋して心が痛い時は鎮痛薬を飲むのがいいってことでしょうか。

  人の身体って不思議ですね。

 

おしまい。