本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

一つの個性が全ての社会 「キャラ化するニッポン」

 

ぼくらは既に、仮想現実を生き始めている。

 

本日の一冊は「キャラ化するニッポン

 

インターネットの普及によって、人々は生身の身体より仮想現実にリアリティを見いだしているというお話。

 

キャラ化

 

この本でいう「キャラ」とは一体なんなのか。

 

その説明を最初にしてほしいところですが、

 

なんとこの本では5章でそれについて触れられています。

 

ここまで、「キャラ化」の浸透が特に身体性に与える影響について見てきた。

ここで少し視点を変えて、そもそも「キャラ化」というときの「キャラ」とはいったい何かついて考えてみたい。

 

最初に「キャラ」の説明をしてほしいものです。

 

なんとなくキャラクターの略称として考え読んでましたが、そうではないらしい。

 

もし、皆さんの中でキャラはキャラクターの単なる省略形に過ぎないと考えている人がいたら、考えを改めてもらわないといけない。

 

この本では、漫画評論家の伊藤剛氏が唱える定義を引用しています。

 

伊藤はキャラを次のように定義している。

「多くの場合、比較的に簡単な線画を基本として図像で描かれ、固有名で名指されることによって(あるいは、それを期待させることによって)、『人格・のようなもの』としての存在感を感じさせるもの」

一方、キャラクターはどうかと言えば、

「『キャラ』の存在感を基盤として、『人格』を持った『身体』の表象として読むことができ、テクストの背後にその『人生』や『生活』を想像させるもの」

と定義される。

 

要は、キャラってのは「一つの個性」のことだと思うんですよね。

 

そして個性以外、つまりはその人物?の見た目や生き方を加えたのがキャラクター。

 

つまりキャラ化ってのは一つの個性を重視することでしょうか。

 

キャラ化した人間関係として、ボケキャラを例にあげてある一文があります。

 

グループ(社会)から「ボケキャラ」というアイデンティティをもらった若者は、嬉々としてひたすらボケをかまし、ボケキャラを全うすることで、安堵の日々を送る。

 

一つの個性がその人のすべてになってきてしまい、自分のアイデンティティはその一つの個性だけになる。

 

要は複雑な人間の性格を1つにして、捉えやすくしてしまうのが今の社会。

 

そして、その一つが崩れてしまうだけで、自己崩壊が起こってしまう。

 

本当は一つのキャラで語り切れないのに。

 

きっと友人からしたら、私は真面目キャラになるのでしょうか。

 

かといって、どんな時でも真面目であるわけがないわけで、

 

複数のキャラ(個性)を持っているのが人間。

 

人を簡単に見すぎた結果が、今のキャラ化という現象を引き起こしたのかな。

 

 

 

キャラクターから得られるもの

 

さて、ここからはキャラクターについて少し書いておきたいと思います。

 

バンダイキャラクター研究所では、キャラクターが提供する精神的効用について研究が行われているそう。

 

その研究や調査で、キャラクターから得られる効用は8つがあると考えられています。

 

さて、それはいったい何でしょうか。

 

①やすらぎ

 キャラクターと一緒にいることで心がやすらぎ、癒される効能

 

②庇護

 キャラクターから守られていると感じる効能(①を強化したもの)

 

③現実逃避

 キャラクターと一緒にいることでいやなころが忘れられる効能

 

④幼年回帰

 キャラクターを通じて、楽しかった子ども時代の記憶に浸れる効能

 

⑤存在確認

 キャラクターに自己投影することで、自分を確認し、自信が持てるようになる効能

 

⑥変身願望

 キャラクターになりきる(変身する)ことで、満足感を得られる効能

 

⑦元気・活力

 キャラクターと一緒にいることで元気や活力が湧いてくる効能

 

⑧気分転換

 キャラクターと一緒にいることで軽い気分転換ができる効能

 

この中で、一番求められる効能は①のやすらぎ。

 

5割以上の人がキャラクターにやすらぎを求めているのです。

 

だからこそ、ここまでキャラクター文化が日本に浸透しているのでしょうね。

 

ただのエンタメ商品ではないキャラクター。

 

最近はラノベ以外の文庫本やビジネス本の表紙にもキャラクターが書かれていたりしますし、

 

政府がラノベとコラボしだすし、

 

今後もこのキャラ化とキャラクターは日本の一つの文化として繁栄していくのでしょうね。

 

おしまい。