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本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

言葉は健常者が創作した 「「ことば・表現・差別」再考 」

ことばや漢字は健常者と男(強者)の主導で創作されてきたのではないかということだ。

本日の一冊は「「ことば・表現・差別」再考

 月刊「ヒューマンライツ」に掲載されたものに加筆したものでしょうか。様々な分野から「ことば・表現・差別」について語られています。30名以上の方の意見があるため、一人数ページ。読みやすいですが、毎回人が変わって思うことが書いてあり、議論のタネを与えてくれる一冊という感じです。

本記事の目次

 

「健常者」と「男」

 この本は主に差別を軸に言葉や表現について色々な意見が書いてあります。その中に、言葉は健常者と男が創作したのではないかというものがあります。

ここでちょっとした発見があった。それは、もし手に何かしらの障がいを持っている人がことばを作っていたとしたら「かたておち」や「てみじか」などということばは創作しなかったのではないかということだ。

同様に、女偏の漢字にはひどいものが多いとはよく言われることだが、もし女が漢字を作っていたら「奴(めしつかい)」や「婢(はしため)」や「姑(しゅうとめ)」にはなっていなかったのではないだろうか。

ここまで考えてきて気づいたことがある。それは、ことばや漢字は健常者と男(強者)の主導で創作されてきたのではないかということだ。

 

 

 

 なるほど、片手落ちや手短という表現は健常者からしたら別に問題ないだろうが、片手がない人からしたら差別を連想させてダメなのか。初めて知った。というか表現についてここまで考えたことがなかった。女偏の漢字についてはよく思いますね。特に「嬲る」の漢字はひどいなと思っています。

 もし女が強者になっていたら、「男女男」ではなく「女男女」になっていたのでしょうか。現代の「女男女」はハーレムを指示しそうですけど。言葉を作った人は「健常者」であり「男」ってのはそうなんでしょうね。と思ってぐぐってたらこんなことが書いてある記事を発見。

 

女性の持つ多様な性質(感情豊か、子を生み育てる、美しい、しなやか、魅力的など)が多くの漢字を生んでいる。

結論としては、漢字を作った人々は、おそらく男だったので、女の持つ多彩な性質に惹かれ、「女」の漢字が多く作ったのだろう。

女偏の漢字 男偏の漢字 いんみ〜の部屋/ウェブリブログ

 

この記事では女へんの漢字の成り立ちも書かれていて、

 

安:女を家の中に落ち着かせたさま→やすらか

好:女が子どもをかわいがる→このむ

桜:女の首飾りのように花が咲く木

如:女のようにしなやかに言う

女偏の漢字 男偏の漢字 いんみ〜の部屋/ウェブリブログ

 

なるほどこう見ると、女性の多様性を見て漢字を作ったんじゃないかって思えてきますね。漢字を作った人たちは男より女に目を向けていたってことでしょうか。

 

言葉の成り立ちについてはテレビのクイズでもたまに取り上げられて見ますけど、誰が言葉を作ったのかってのは面白いですね。確かに健常者が言葉を作っていて、その言葉の表現に配慮が足りなかったのかもしれません。違いを表現する言葉で「異常」がありますが、先日も同性愛は異常だなんて発言した人がいます。異常という言葉には拒絶があって、言われると傷つきますね。

 

冗談であってもこの「異常」という言葉は相手を否定する表現の一角だと思いますので、あまり使ってほしくないです。物事をどういう言葉で表現するか。普段あまり意識しないで言いたい放題ですが、もう少しこの言葉や表現は相手に対して失礼ではないか考えないといけないですね。

 

そういう配慮をすることが、敬語を使う使わないにつながっていくのでしょうか。若者は敬語を使えない使わないってのは相手への配慮がないってことかなーなんて。

ま、自分もまだ若者なんでしょうけど。

 

おしまい。