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厚みのある本は苦手

【前半】男は強者・女は弱者 「男は邪魔! 「性差」をめぐる探究」

 

私が質問すると、男は自分が知っていること、あるいは「自分は知っている」ということを語りたがる

 

本日の一冊は「男は邪魔! 「性差」をめぐる探究 (光文社新書)

 

とにかく男のダメっぷりについて書かれた本。

 

ブクログ読書メーターでの評価は高い方ですが、amazonレビューがなぜか低い。

 

男は邪魔ってタイトルに釣られて、んなわけあるかと思ってる批判したい人たちが集まったのでしょうか。

 

ただ論じているというよりかはエッセイ風。のんびり進む感じですが、所々鋭いところをついていて面白いです。

 

思うところが多いので、前半後半で2記事にわけたいと思います。

 

本記事の目次

前半

1.男は強者・女は弱者

2.妄想力

後半

3.結婚と恋愛

4.共感と「わかっている」

 

男は強者・女は弱者

 

 冒頭の一文

私が質問すると、男は自分が知っていること、あるいは「自分は知っている」ということを語りたがる。

 

人間は知っていることを話すものだろ、と思ってしまうのですが、

 

男は知識を披露することによって頭の良さを周りにアピールしていきたいのでは、とも思うのです。

 

だから、知らないことには口を出さず寡黙な男を演じ、知っていることについては止まらず語り続けるのではないでしょうか。

 

なぜ男はこうなったのか。その一つに立場があると思います。

 

「強者と弱者の関係でいえば、男の子は強者の立場に置かれます。つまり、まわりが彼のことを察してくれる。人の話を聞いたり、共感したりしなくてもいい。黙っていても察してくれるから表現する必要もないんです。ところが、女の子は弱者の立場。常にまわりを察しなければならない。そして自分のことを察してもらえるように一生懸命表現する。わかってもらおう。伝えようと努力するんです。だから表現能力が身についていくんです」p60

 

男のことは強者の立場に置かれて育てられるので、自由に行動します。問題を起こしても「男の子だから○○しても仕方ない」という言葉で片付けられてしまって、さらに自由になっていきます。

 

それに対し、女の子は由な行動を制限されやすいのではないでしょうか。そこには「女の子だから」という理由で片付けるのではなく、「女の子だから〇〇をしない」という制限の方が聞こえてきます。

 

男は何をしても許されやすく、女は何かをするのに制限がかかりやすいのでしょう。

 

もう一つ男女の差について書かれている一文を紹介します。

 

子どもが泣いている時に、男か女かで声をかける内容が異なるようで・・・

 

「男の子は泣くもんじゃない、男の子はそんなことで泣かないの、とか」

(中略)

―女の子だったら?

「『いつまでも泣いてちゃダメ』ですね。女の子だから泣くなとは言いませんね」

男女に対して別の言い方をするので、ジェンダーといえばジェンダーである。しかし考えてみれば、男の子には泣き止む理由が与えられるが、女の子はただ泣くなと強要される。彼女たちは「なんで?」と訊きたくなるだろうが、それをじっと噛みしめなくてはいけないのだ。つまり、泣いてはいけないのが「男らしさ」で、泣くことが許されるのが「女らしさ」などではなく、行為について内省を迫られるのが女の子で、責任を性別に転換できるのが男の子ということなのではないだろうか。p107

 

確かに男の子が泣いていると「男なんだから泣くな」と言う人が多いと思います。逆に、女の子が泣いていて「女だから泣かないの」という人はあまりいないのではないでしょうか。

 

これはさきほどの強者弱者で考えると、強者(男)が泣くなと制限され、弱者(女)は泣いてもいいと自由にされますが、そうではありません。

 

男は泣かない、女は泣いていいという解釈ですが、

 

著者はこの関係性を、行為について内省を迫られるのが女の子で、責任を性別に転換できるのが男の子と分析しています。

 

さきほどの強者弱者で考えてみると、強者としての男が責任を背負っていて、その人自身は問題にあがらない。弱者である女の子は、女という理由ではなく、弱者という理由で見られていて、その弱者はその人自身に原因があるとされていくのではないでしょうか。

 

なんだか自分で書いていて難しいですが、

 

つまり、男は強者という役割を持っていて、問題を起こした時は、その人自身ではなく男という性別を原因にし、自分自身以外の要素に注目させることによって、その人が強者を維持できるようになっているのではないでしょうか。そして、女は弱者という役割を持っていて、問題を起こした時には、女という性別ではなく、その人自身に原因があるとして、やっぱり女は弱いと解釈されてしまうのではないでしょうか。

 

きっとこのようなことを述べたいのだと思います。

 

ただ強者と弱者という言葉は合っていないように思えます。

 

強いわけでも弱いわけでもなくて、ただ男と女という性別を見た時に、男は上に見られやすく、女は下に見られやすいだけで、強弱というものではないでしょうね。

 

 

 

妄想力

 

前半二つ目は性差から少し脱線して妄想のお話。

 

性差の一つの「妄想力」があるとして、第8章には妄想についての記述があります。

 

その中に、男装カフェの店員にインタビューするところがあり、男同士の恋愛を妄想することについて彼?彼女?らはこう答えています。

 

「自分の好きな男の子が、女の子とイチャイチャするより、男同士のグループで盛り上がっていた方がいいわけですよね。それに男同士でチューすると『あの子はあんな顔でチューするのかあ』と思える。これがもし女の子が相手だったら、『なんであいつとチューするの!』とか嫉妬するじゃないですか」 

 

つまり男同士の妄想は安全。現実に見ることがない世界だから楽しいのでしょうか。

 

最近腐女子の認知度がさらに高くなっています。

 

むしろ多くの女性が腐女子の属性を持っているのではないかと思うぐらい男同士の恋愛についてキャーキャー言われています。

 

腐女子界ではカップリングの話もありますが、Twitterでこの話を目にすることが多い。まあ単純にオタクの総数が増えただけかもしれませんが。

 

逆に男は女の子同士たちの妄想をすることはあまりないのではないでしょうか。

 

妄想というよりは嫁という言葉で愛する人が何人もいて愛しているというような現実に似たことをしています。

 

このことから男の子はどこかで現実を見ていて、女の子はすぐにでも現実ではない妄想世界に飛んでいけるんじゃないかと感じます。

 

存在しない世界を想像できる。だから女の子同士はおしゃべりが止まらないんじゃないかと。次から次へと始まる妄想は面白いです。

 

よくもそんな妄想をできるなと考えるほどの内容も見かけます。

 

妄想力、自分も鍛えたいです。

 

どうしても現実にあることを想像してしまいます。どうしたら妄想ってできるのでしょうか。

 

性差から脱線してしまいましたが、前半はこの辺にして後半に続きます。

 

おしまい。