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本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

被害者と加害者にはなりたくない 「プリズン・トリック」

江戸川乱歩賞 小説

 

皮肉なことに、中学校は、受刑者になった時に困らないための教育していたのだ。

 

本日の一冊は「プリズン・トリック (講談社文庫)

 

話の視点がころころ変わって少し読みづらいけど、

 

刑務所内の殺人は見かけないし、迫力はあって面白かった。

 

選考委員の方もやはり視点が多い、主人公が誰なのかよくわからないなど

 

問題点を挙げているが、なによりこの難しいテーマに挑戦した志の高さを評価していて

 

江戸川乱歩賞受賞となっている。

 

本記事の目次

1.加害者と被害者の話

2.刑務所の話

3.誠意とカネの話

 

加害者と被害者

 

この作品には多くの加害者と被害者が登場する。

 

とても多くてなにがなんだか分からない場面もある。

 

それでも著者は、この両者の視点を書きたかったんだろうと感じる。

 

ひとつに、加害者と被害者の場面がある。

 

飲酒運転で子供を死なせてしまった人と、子どもを失った親。

 

子の親は彼にこう語る。

 

「酒呑んで運転するなんてことをしてなかったら、あなただって普通の市民だった。更生なんて元から必要なかったのでしょう。だが、責任だけはとらなくては駄目だ」

 

普通の市民も、ふとしたきっかけで人殺しをしてしまう。

 

当たり前のことだけど、あまりパッとしない現実。

 

僕たちは事件が起きて、加害者と被害者というレッテルを貼られるまで、

 

その現実に目を向けることはないんだろうな。

 

だから交通事故はどこかで起きるし、死者も出る。

 

みんながみんな車の怖さをきちんと理解してくれればいいのに。

 

 

 

刑務所の中

 

序章の犯人視点に、最初に引用した一文がある。

 

こんな所にでも来ない限り、ラジオ体操をすることは二度となかったと思うと、奇妙な気がする。皮肉なことに、中学校は、受刑者になった時に困らないための教育をしていたのだ。市原の矯正教育で重視されるのは行動訓練である。行進、駆け足、ラジオ体操第二、整列。すべての動作は完全に統一されていなければならない。北朝鮮マスゲームのように。マスゲームができれば協調性があるということであり、協調性があれば交通規範を犯すことはないという理論づけがなされている。そう言えば、連帯責任なんて言葉を聞いたのも、中学校以来だ。

 

おもしろい表現だなーと思って付箋をつけたんだけど、

 

刑務所っていったいなんなんだろうと思う。

 

刑務所に入ることが罪を償うことなのか、よくわからない。

 

犯罪者を一時的にでも閉じ込めておきたいだけじゃないのか。

 

そこに更生なんて言葉があるのだろうかと思う。

 

結局その人自身がどう考えるかであって、

 

刑務所に入れることは更生や再犯防止につながっているのだろうか。

 

罪を犯しても刑務所に入らない人もいて、彼らの再犯率はどの程度あるのだろうか。

 

そこに差はあるのだろうか。

 

疑問ばかり浮かんできます。

 

ぐぐって出てくるかなー

 

誠意とカネ

 

さて最後に被害者の我儘でも載せておく。

 

「もっと誠意を見せろ」

被害者は自分の思い通りにならなければ、すぐに誠意を見せろと言う。誠意というのはつまり「我儘を通させろ」ということだ。被害者という立場を強調し、加害者の負う賠償責任の範囲を超えて要求を押し通そうとする。人間の卑しさが如実に現れる瞬間だ。「誠意」とはそうした時の常套句だ。これほど陳腐な言葉もない。

 

被害者と加害者。

 

双方に見合った解決策を見つけるのは難しいんだろうな。

 

加害者と被害者も1人の人間であって、そこには価値基準の差がある。

 

この加害者と被害者の溝を埋める解決策の一つがお金。

 

みんなお金好きだから仕方ないし、もらえるものはもらっておかないとって気持ちがあるし、

 

それこそ働き手が怪我なんてした時に問題なのは生きるお金だ。

 

でも正しいお金の総額なんてわかんない。

 

被害者のほうがそりゃ立場が上なんだろうけど、

 

その立場を利用するのは問題だなって思う。

 

この被害者加害者問題って本当に厄介なんだなと思う小説。

 

あー加害者にも被害者にもなりたくないな。

 

おしまい。

 

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