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男と女の二色刷りから多色刷りへ 「ジェンダーで学ぶ社会学〔全訂新版〕 」

誤解してほしくないのは、こうしたジェンダー構造の転換が、「男も女も機械的に同じになる」(性差の解消)社会をめざしているわけではないということだ

本日の一冊は「ジェンダーで学ぶ社会学〔全訂新版〕

 ジェンダーから社会を見た一冊。章がとても多くて、教育、恋愛、就職、家庭など様々な視点からジェンダーとは何かを知ることができます。ここではジェンダーの構造、男ことば、就職について取り上げることにします。 

本記事の目次

ジェンダーの構造

 最近では男女差別を無くす動きがとても活発なように思えます。男性はこれまで育児にあまり参加していませんでしたが、積極的に育児に参加するイクメンという言葉の誕生や、逆に女性を仕事で活躍させようという動きがあります。わざわざこのような社会を作り上げなければいけないところにすでにジェンダーの差別があるように思えますが 、現在のジェンダー構造について以下のことが書かれています。

ジェンダー構造の転換は、国際的に大きな課題になりつつある。(中略)男性、女性の子知的な役割構造を克服して、人間が社会によって構築された性別(ジェンダー)によって差別されたり排除されたりすることのない社会が求められているのだ。

ただし、誤解してほしくないのは、こうしたジェンダー構造の転換が、「男も女も機械的に同じになる」(性差の解消)社会をめざしているわけではないということだ(実際、こうした誤解はまだまだ根強い)。ジェンダー構造を超えて、ジェンダーにとらわれない社会をつくろうという動きが求めているのは、性別によって決めつけるのではなく、個々の多様性を認めあおうということだから。

 つまり、男も女も同じ1人の人間として見ることで性差を解消するのではなく、男と女という二つの性で決めずに、1人1人の個性を認め合うことによって、それぞれに合った社会を作ろうというわけだ。

これまでのジェンダー構造によって規定されてきた社会は、しばしば人間を二色刷りで把握しようとしてきた。つまり、男性と女性である。ジェンダー平等をめざす動きは、これを単色の社会にしようというのではない。むしろ、二色刷りから多色刷りへと変換していくことが求められているのだ。

  この考え方はとても大切だ。男も女も同じにしても、そこには一人一人の価値観が存在する。その価値観を否定してすべてを同じにすることは平等ではない。みんな同じという社会は恐ろしい。少しでも違えば差別されてしまう。そうではなく、一人一人違うことを認めていくことがジェンダー平等の始まりなんだ。

二色刷りから多色刷りへ。

この表現はとても好きだ。ジェンダーという考えも超え、多様な人間社会を認め合うことがができれば、もっと社会はよくなっていくと思う。

   

 ことば

  近年若い男性が使い始めた言葉がある。「おれっす」「電話したんすか?」などの「です」を「す」に変えた表現だ。ではこの表現を使う前はどんな言葉を使っていたのだろう。

「す」が登場する以前に若い男性が使っていた言葉づかいには、地域語をのぞけば、「おれ、おまえ、ぞ、ぜ」に代表される「男ことば」と、男女両方が使える「標準語」の二つがあった。

  標準語はつまり敬語などの一般的な言葉。男ことばは親しい仲で使う言葉だろう。ではなぜ、「す」という言葉が誕生したのか、それには人によって親しみの言葉を調整する必要が生じてきたからだ。

「おれだぜ」の男ことばでは近すぎるが、「おれです」の敬語では親しさが生まれない。この不足分を埋めたのが、親しさを表現しながら敬意も表現できる「す」だ。 

 昔は上下関係がはっきりしていて、上か下かだったが、近年では年齢は上だが、会社では後輩にあたる人や、逆に年齢は下だが役職は上の人など、様々な立場の人が出て来てしまった。この結果、二つの言葉だけではコミュニケーションを取りづらくなってきてしまい、新しい言葉が誕生したというわけだ。 言葉はとても面白いと思う。特に新しい言葉が誕生する背景には問題がある。問題になっていた事象に言葉が割り当てられたとき、その事象はスポットライトを当てられ急速に認知される。ブラック企業、過労死などがそれだ。この「す」という言葉もコミュニケーションに問題が生じてできたわけだが、若者言葉として認知されていて、このような言葉でなく、敬語を使えと注意する人もいるだろう。

 なぜ若者言葉はだめなのだろう。親しみの意を込めた表現であるというのに。その理由は、年配の方は上下関係をきびしく見ているから、言葉遣いにうるさいのではと思う。若者たちは上下関係より横並びを強く意識しているのではないか。昔みたいな上下が厳しい社会ではなく、できるだけ横並びで仲良くやりたいそう思った結果として「す」という言葉を使うのではないか。様々な立場が存在した社会で、うまくコミュニケーションをとるために生まれた言葉。

 あなたと親しくしたいという思いから使われる言葉なのだと分かると、使われてもいいと思いませんか。

就職

 5章に「シューカツする」という項目がある。ここには若者たちの就職の現実が書かれている。

今の若者たちは「ワーキングプア」という言葉に代表されるような、非正規雇用の劣悪な労働条件のもとで働くことにはもちろん忌避感がある。しかし、「過労死」という言葉に代表されるような、旧来の非人間的な長時間労働にも抵抗感がある。本当は「第三の道」を選びたいのだが、そういった選択肢は与えられていないので、しかたなく、それが「社畜」的な働き方であったとしても正社員として企業に就職することを望まざるをえない。 

 本当はワーキングプアでもなく、社畜でもない違う道を選択したいのだが、そんな選択肢を簡単に選べるほど社会は優しくない。就職社会の厳しさがこの文章に詰め込まれていてとても苦しい。脱正社員の流れはあるが、この流れの先はワーキングプアだろう。もしくはさらに上層と下層にわかれていくのではないか。一億総中流はどこへやら・・。 

おしまゐ。

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