本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

考えることは自分で行うしかない 「考える訓練 」

 

つまるところ、「考える」とは「自分で」行う行為である。

 

 

本日の一冊は「考える訓練

 

本記事の目次

1.理由は3つ考えよう

2.考えるは自分しかできない

 

理由は三つ

「日常生活」の中で鍛える訓練の一つとして、理由は三つ考えるといいと書いてある。

もし、子どもが何か買ってほしいと言ったときは、「必ず理由を三つ言うように」と言って教育するとよい。(中略)

何が言いたいかというと、ふだんの生活の中でも、人を説得したり、自分の意見を主張したりするときは「理由を三つ考える習慣」をつけておくといいということだ。

 

なるほど理由をたくさん考えることによって、考える力が身に付きそうだ。

 

でも遅刻した時に遅刻した理由を三つも言われたらむかつくだろうし、

 

本当は不必要なものなのに、ほしい理由を3つ考えて、こんなにほしい理由があるんだと思ってしまい買ってからやっぱり買うんじゃなかったとかなりそう。

 

なんだかネガティブ。今日はネガティブ。

 

 

 

考えるの意味

 

つまるところ、「考える」とは「自分で」行う行為である。

自分で考える。あたり前のことなのだが、ここが実は大切だと思っている。(中略)考える作業は、その人の生い立ちや経験、記憶、本人が生きてきた中で得たあらゆる情報や学びを総動員して行いきわめて個人的なものだから、他人と共有しにくいのだ。

 

最後の項目に書かれていて、なんかかっこいいこと述べてるじゃんとか思っちゃうけど、

 

考えるってそりゃ自分で考えるしかないんだから当たり前だよなって。

 

人の考えを受けて、自分のなかで考えることが大事ということで、

 

考え方を学んだところで、それを使ってまた考えないと意味がない。

 

考えるのが面倒で、他人に考えてよって言ったりするけど、

 

そもそも同じことを考えることはできなくて、

 

その人その人の経験によって考え方や考えて出てくる答えは違う。

 

考えるって面倒だけど、それが人を成長させる。

 

考える力がないと悩んでばかりな気がするし。

 

悩むは同じところをぐるぐる回ってる感じで、

 

考えるは今いるところから違うところに行く感じ。

 

悩まず考えていきたいね。

 

 

おしまい。