本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

赤ちゃんの頃の記憶は偽りと記憶の図の話『脳はなぜ都合よく記憶するのか』

本日の一冊は「脳はなぜ都合よく記憶するのか 記憶科学が教える脳と人間の不思議

 偽の記憶について分かっていること分からないことがまとめられた一冊。記憶というと、学んだ内容を覚えておく記憶力が切実に欲しいと願うわけだけど、本書では実際には起きていない出来事を体験したかのように話す人や、間違った記憶がどうして植え付けられてしまうのかなど、偽の記憶のメカニズムを教えてくれる。

 本記事では、本書で取り上げられているいくつかの研究・実験について紹介する。

目次

偽の記憶も繰り返せば本物の記憶になる

 人は物事を記憶する力を持っているわけだが、こうした記憶の力によって人のアイデンティティは築かれていく。もし記憶できなかったら、自分が何者か、自分がどう生きてきたかを知る術はなく、自己について理解ができないだろう。

 第1章には幼少期の記憶について書かれている。赤ちゃんの頃の記憶があるという人がたまにいるけれど、これはどうにも思い違いなようだ。

赤ちゃんの脳が長期記憶を形成、蓄積することはまだ生理学的に不可能なのだ。

 では、どうして赤ちゃんの頃の記憶を持っているのかというと、幼児以降になってから誰かから赤ちゃんの頃の話を聞かされた結果、さも自分が体験した記憶かのように覚えてしまっているのではないかということらしい。

 ある出来事を繰り返し聞かせれば、無意識のうちに自分が体験した記憶になるように、その隙間を埋めていくらしい。 そうして偽の記憶がいつしか本物の記憶になっていく。これを引き起こすのが「作話」と「情報源の混乱」だそうだ。

 作話は作り話のことで、妄想。情報源の混乱とは、情報源を忘れて自分の記憶や体験にしてしまうこと。こうして人間は間違った情報を本物の記憶としてインプットしてくらしい。

 ある実験ではこんな結果を得ている。

出来事を繰り返し思い浮かべ、イメージしたことをはっきり口にしただけで、被験者の25パーセントが明らかに作り話である出来事の記憶を持ったと判断された。

 この実験では、被験者の親から聞いておいた幼少期の出来事を質問する時に、作り話を混ぜて尋ねるというものだ。すると、作り話の部分も体験したかのように話す人が一定数いることがわかった。人の記憶とは案外ちょろいのである。

 赤ちゃんの頃の記憶はないのが当たり前だが、では一番最初の記憶は何だっただろうか。幼稚園の記憶はほとんどないのだけど、とても記憶に残っている場面は家で一人留守番をしているところだ。私の記憶の中では、その日は大雨か大雪で、母が兄を迎えに行くということだった。私は家で留守番をしていたが、急に一人でいることが不安になり玄関で待っていた。母と兄が帰ってきた安心して泣いた記憶がある。そんな記憶があるのだが、この記憶もまた自分の中で繰り返し思い出した結果、本物であるかのように感じるだけで、実は間違った記憶なのかもしれない。それを知る術はないところが、記憶の怖いところかもしれない。

エングラム

 本書でとても気に入った文章があるのだが、その文章には「エングラム」という単語が出てくる。ここではエングラムについて軽く触れておくことにする。

脳内の記憶の物理的表象は、一般的にエングラムを呼ばれる。そして、このエングラムは、他の表象、他のエングラムと結びつくことができなくてはならないー記憶の本来の役割から、こういった表象はどれも、人が記憶を形成し、アクセスできるように結びつく必要がある。すなわち、記憶にアクセスするたびに、脳内でエングラムのパーティを開くことになる。

 本書ではエングラムをパーティに例えて、非常にわかりやすい説明がされているがここでは省く。要は、エングラムというのは他のエングラムと結びついて記憶を形成していくのだ。エングラムは無意識に結びついたりする、人はこのエングラムによる新しい結びつきによって面白いアイデアを浮かべるのである。

 ただし、この性質のせいで、エングラムが間違った結びつきをすると記憶の間違いが起こってしまうのである。一長一短のエングラムの結びつきというわけだ。

注意を向けることの重要性

 エングラムについて知ったところで、本書を読んでいて、非常に感銘を受けた文章を紹介したい。これは著者が大学で最初に受けた記憶学の講義初日の出来事だ。

大学で最初に受けた記憶学の講義の初日、教授が一枚の紙をつまみ上げたのを思い出す。彼は150名の熱心な学生たちが静まるのを待ち、その紙をかざすとはっきりと言った。「これが私たちのまわりの世界で起こることです」それから、その紙を半分に折った。「これが君たちが知覚すること」紙をさらに半分に折った。「これが君たちが注意を向けること」さらに半分に折った。「これが君たちが興味を持つこと」さらに折った。「これが脳がエングラムをすること。そして、これが・・・」最後のひと折りをすると、元の紙のかけらのようだった。「のちにアクセスし、思い出せることです」

 はじめに読んだ時は何を言っているのだろう?と思ったけれど、2度3度読み返すとなるほどなと感心した。簡単ではあるが、図にしてみた。

f:id:aritsuidai:20170315103300p:plain

参照:脳はなぜ都合よく記憶するのか 記憶科学が教える脳と人間の不思議 p.132より

 もちろんこれは例えであって、実際は世界で起こることの半分すらも知覚できないだろうし、興味を持つことなんてもっと小さいと思う。しかし、この説明はとても分かりやすい。特に著者は「注意を向けること」が重要であるという。

ものごとを符号化するには、それを知覚する必要があるー言い換えれば、それを見る、聞く、感じる、嗅ぐ、あるいは味わう必要があるーという基本原理の直後に、注意を向けることの重要性を教えた。教授はなぜこんなことをしたのだろう。注意を向けることは記憶形成の必須条件だからだ。簡単に言えば、注意を向けることは現実と記憶の接着剤だ。周囲の刺激に注意を向けなければ、それを記憶することはできない。まったく単純なことだ。注意と記憶は互いなしに成り立たない。

 例えば、目の前にいる友人を見てはいるが、頭の中では違うことを考えていた場合、友人が話していたことを思い出すことはできないだろう。これは初対面の人の名前が覚えにくい理由の説明にもなるという。初対面では、その人の名前だけが初めてではない。容姿に注意を向けてかっこいい服装だな、声に注意が向いて声が低いな、など名前以外の様々なことに注意が向いてしまう。名前と顔はセットで覚えたいから顔を見るけれど、今度は顔に注意が向いて名前が覚えられない。

 私たちは何かを覚えるために注意を払わなければならない。これを覚えておくとしよう。

 ほかにも気になる報告がたくさんあるため、また次回続きを書いていく。

 おしまゐ。

本日紹介した本

脳はなぜ都合よく記憶するのか 記憶科学が教える脳と人間の不思議

脳はなぜ都合よく記憶するのか 記憶科学が教える脳と人間の不思議