本を熱いうちに読む

厚みのある本は苦手

『ありすぎる性欲、なさすぎる性欲』を読んだ

本日の一冊は「ありすぎる性欲、なさすぎる性欲

 性欲に限らずあらゆるものはありすぎても困るしなさすぎても困る。ちょうどよいところを保つのが良いのだが、そううまくはいかない。本書では性欲の基本から、性欲がありすぎるとどうなるのか、なさすぎるとどうなるのかを教えてくれる。正しい性欲の在り方を指南すると本書にはあるが、正しい性欲とはいったいどういったものなのか。

女性の性欲

 本書ではいろいろと性欲に関することが書かれているのだが、女性の性的興奮についてこのようなことが書かれていた。

 本当に「危険」なのは、女性の性的な能力そのものといえるかもしれません。生理学的には、それは男性よりずっと「すぐれている」のです。これについては、女性は男性と違って、オルガズムを感じたあとでも、再び性的興奮を得るための待ち時間がいらないということを考えるだけで十分です。女性は連続的なセックスが可能で、何回もオルガズムを感じることができるのです。

 だからこそ、支配階級にいた男性側は女性の性欲を抑えるような社会構造をつくったとあります。女性の性欲がどのようなものか男性の私にはわかりかねますが、世の女性たちが性欲をオープンにしないのはそういう長い歴史の積み重ねの結果なのかもしれません。といっても最近では肉食系男子ならぬ肉食系女子というキーワードが出るように性欲を抑える社会構造から脱却しているように思えて、そうなると男性が女性を性欲の対象にしていた時代から、その逆の時代になる日がきたりするのだろうかと思ったりします。

 実際に、最近の研究者たちは女性の性的能力が男性に比べて向上していると言っているそうです。

フロイト・マーチソンをはじめ幼児の性的能力を研究している専門家たちは、女児の半数は十歳になるまでに、すでにオルガズムを感じていると報告しています。これは男性にはありえないことです。

 幼きころから性的興奮を感じることができるため、性欲を抑えるような社会構造になっているという考えもできるかもしれません。

 幼児の話から老年期の話に代わりますが、老年期というのは「性的な能力」は低下してしまいますが、「性欲」は変化しながらも失われることはないといいます。幼きころに性に目覚め、死ぬまで性欲がついてまわるわけですから、正しい性欲を持ち合わせることは良い生活を送る上で非常に大切になってくることがわかります。

色彩

 性欲にとって色彩は不可欠な要素です。

 男女関係においては重要なのは「赤と黒」です。(中略)専門家によれば、この両者ともに(人間だけでなく動物の世界でも)雄を魅了する色だそうです。毎朝、目元を強調するためにアイラインを引いたり、真っ赤な口紅で化粧する女性も、実は赤と黒というこの二色を使って男性の心を惑わしているわけなのです。

 そう言われると勝負下着のイメージは赤や黒だったりします。特に黒色の服はボディラインを細く見せるメリットもありますから、女性が黒を身に着けることは利にかなっているのかもしれません。

過剰な性欲

 この世にはいろいろな性欲の形があります。その中の一つ、「SM」の性欲について著者はうまい説明を紹介してくれています。

ロバート・ストーラーが、サドマゾの愛好者グループにインタヴューした記事の中で、過剰な性欲についてうまく説明しています。それによると、異常な欲望は、以前に体験した苦しみを乗り越えるために生まれたものだそうです。サドマゾ愛好者の多くは、幼児期に肉体的にも精神的にも苦しい、ひどい病気に苦しんだ体験をもっています。そんな耐えがたい状況から逃れるために、苦痛の中に性的な刺激を感じるような極端な能力を身につけたのです。それで彼らは生きる悦びを感じるのです。

 生きるために苦痛の中に性的な刺激を感じる能力を身につけなければならなかったと思うと、SMに興じる人たちも大変な生き方をしてきたんだなと思いますね。という私にもSM願望が多少なりとも存在しますから、幼児期に苦痛を伴ってきたのかもしれません。確かに喘息持ちで小学生ぐらいまでは吸引機?吸入器?を使っていて、苦しかった記憶があります。そういった連続した苦しみから逃れるために、苦痛の中に性的な刺激を感じるような体になったかどうかはわかりませんが、このSMと幼児期の苦痛に関するつながりは非常に興味深いなと思いました。

おわりに

 正しい性欲の在り方がどういったものかはわかりませんが、ずれた性欲を知ることによって正しさを理解することができそうな一冊で、様々な性欲の形を理解することができました。日本は性教育が足りませんから、こういった本がたくさん出て、たくさんの人が読んでくれるようになるといいかなと思います。

 おしまゐ。

本日紹介した本

ありすぎる性欲、なさすぎる性欲

ありすぎる性欲、なさすぎる性欲